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インフルエンザ狂想曲(備忘録)

1/21の2,4,5限に行われた試験に臨めなかった僕は2/4,2/6の追試を受ける事になり、その単位取得状況と精神的徒労にも大きな影響を及ぼした。

僕がインフルエンザに罹ったと考えられるのは1/19、診断されたのはその翌日、1/20である。これが土曜、日曜だったのが全ての面倒のタネであった。

1/19、ここで今期はじめての試験があり、寝ずの勉強とレッドブルで臨んだのが祟ったのか体調が優れなかった。しかし学術シンポジウムに参加することによる出席点をみすみす逃せなかった僕は、寒く辛い環境に3時間近く身を置かなければならなかった。
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家に帰るまでがまた苦痛であった。片道2時間半である。家に帰ると直ぐに寝込んだ。親も流石に様子がおかしいと感じたのか親身に看病してくれた。

翌日、日曜であったため病院ではなく休日診療所に向かうとやはりインフルエンザB型ということだった。

 

月曜日に大学に試験を受けられない旨を説明すると、診断証明書が必要だという。しかし僕が診察を受けた休日診療所では診療証明書は出せても目的のものは出せず、その診療証明書も診察時には貰えないということであったため、領収書やら薬の明細書やら、これでも大丈夫かと聞くと、取り敢えずそれを送って、後日その原本を持ってきてもらえれば問題ないということであった。

 

5日後、そのようにして大学に向かったわけだが、なんとここにきてそれでは追試受理が出来ないということになり、急いで病院にかかり治癒証明書を貰いに行くことになった。

こうして追試を受けられるまでに大分ばたばたしてしまったため追試を受けるだけで満足してしまいそうだったが、むしろ闘いはこれからであった。卒業までギリギリの闘い...それも、有利な科目でアドバンテージを取ろうと考えていたのがまるまる追試に回ってしまったわけで、不安の残る試験から消化していかなければいけないことになった。1つまた1つと試験が終わる度に(落とす度に)追試にかかる重圧が強くなっていく。卒業は厳しいかと思われた。

 

正直卒業出来ているかどうかは半々といった所だが、もし出来ていれば周りのお陰、留年したら大学の所為といった所だろうか。かくして、試験を終えた僕は、6日後に控えた卒業コンサートの練習にちらほらと取り組み始める次第でありました。