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近況

これまでの思い出したくない記憶の数々、特に高校二年生の時を思い返された。

 

そこには、友人達に面白可笑しく話せるようなことなんて一つもない、正に無為の日々であったり、恥辱と憤り、そしてどうしようもないやるせなさに塗れた思い出があった。

 

ここから気を逸らそうとピアノに向かったが、弾いているうちにますます記憶が鮮明になっていく。そして自然と大学に入った後の自分と較べ始めてしまうのだった。

 

 

 

 

三島由紀夫の小説を読んでいると、その文の美しさに当てられて、こうしてひっそりとブログを書いていることすら恥ずかしくなる。今後は尊敬する人は誰かと問われたら迷わず三島由紀夫と答えたいところだが、思想を疑われてしまうだろうか。しかし、彼の思想の正否はさておき、自分が正しいと思ったものを貫き通す生き様に心打たれない者などいるまい。

 

 

 

 

 正論が嫌いだ。友人との雑談を深く掘り下げるといつも、友人が僕の盲目的に信じていた前提を正論で殴って壊して終わる。

 

僕らも、過去の偉人も、皆が皆、現実に即した答え、というより妥協で擦り合わせた真ん丸な意見に対する理解(これがここで言う正論である)と、それとは別に自分のあり方、こうであるべきという意見を持っている。そして相手の意見を破壊しようとするとき、強い武器として使うのは真ん丸な正論の方だ。これでは只の殴り合いだ。正論は核兵器になる。核反対。戦争反対だ。

 

去年卒業した先輩と2単位分しか違わなくて笑った。笑えない。

 

よく冷やされたビールは、リンゴジュースの様な心地がする。

 

今しっかり聴き直したら、言われてみれば、確かに、なかった。気にするべくもない、とは言えないが、滅多にわからないところではある。